昭和48年7月12日 朝の御理解
x御理解第69節
「信心はみやすいものじゃが、みな氏子からむつかしゅうする。三年五年の信心では、まだ迷いやすい。十年の信心が続いたら、われながら喜んで、わが心をまつれ。日は年月のはじめじゃによって、その日その日のおかげを受けてゆけば立ち行こうが。みやすう信心をするがよいぞ。」
昨日を忘れ、今日を喜び、明日を楽しませて頂く生活。そういう在り方に。理屈は、右にでも左にでもつくもの。だから理屈を言わずに、ただ、昨日を忘れ、今日を喜ばしてもらい、そして明日を楽しませて頂けれる。そういう生き方が軌道に乗ってしまうことが、信心はみやすう、ということだと思うですね。そこに、生神金光大神のお取次を頂いてまいりませんと、そうはいかん。昨日を忘れようと思っても忘れられん。
まあ言うと、昨日を忘れるということは、愚痴を言わずということだと。今日を喜ぶということは、腹を立てないということだと思うね、簡単に言えば。ですから、こういう生き方で行けば、明日はもう必ず楽しまれる、というものが自ずと生まれて来ると思うんです。
昨日、朝の御祈念が済んで、その後でした。甘木からお参りになりました。もう四、五回参って来るんです。息子さんが寿司屋の職人になっとります。本人は早くお店を持ちたいのですけど。第一資金がない。また格好のお店を持たしてもらう場所というのも、そのことのお願いに一番に参って見えた。それで、もう一時、職人で働かしてもらったが良いだろうか、お店を持たせてもらうが良いだろうか、ということであった。
「それは店を持たせて頂くようにお繰り合わせを頂きなさい」と。
と言うので、そういう風に腹を決めて。ところが、次に参って来たところが、原鶴の温泉の中に、今までお寿司屋さんをしておった人が止めるので、そこを引請けないかという話があった。それでまたそのことをお参りして。そしたら、「そこへ出られたらよかろう」と言うことであった。
「ところが先生、そこに出るには頭金○○という、相当まとまった金が要ります」とこう言う。それで、「金銭のお繰り合わせをどうぞよろしくお願い申し上げます」と言う。「なら、金銭のお繰り合わせをお願いしましょう」と。
「神様がね、例えば、お寿司屋さんを始めたらよかろうと言うことになればね。ちゃんとした格好の家も、それに対する資金も、また、始めたら、その後の繁昌して行くことも、神様の御心の中にあるのだから、例えば、家のお繰り合わせは頂いたけれども、資金が困るとか、資金が出来て店を始めたけれども、商売が繁昌せんということがあろうはずがない。一番はじめにお許しを頂いたものは、おかげはずーっとつながっとるものだからね」と言うておりました。
そしたら三回目に参って来た時に、おかげを頂いて、原鶴の方へ。
それが、だから、資金繰りのお繰り合わせを、なら、「お願いしましょう」と言って、お願いしとった。
そして、昨日お参りを来てからですね。昨日はまあ、不思議ですね。段々、段々お参りをして来る態度が違ってくる。第一お供えが違ってくる。その、ああ、神様のおかげ、神様のおかげと思わなきゃならんことが次々と続くからなんですよ。
昨日は、何かこう、あちらの名物ども持ってお礼なり、また次のお願いに見えたんですけどね。何回も原鶴の方へ、先方の御主人と会って、幾ら、幾らの頭金を。なら、そのお繰り合わせをと言うて、あっちこっちに随分頭金のことをお願いしてあるから、当たりましたけれども、出来ない。それで向こうの方も、まあ、そのつもりでおるけれども、お金が出来んからということであったところが、その本人になります…、お母さん達…、お母さんも仲々しっかりしとります。けど息子さんという方が、ここにはまだ参って来ておりません。「この次に是非連れて参って来たい」と言うておりましたが、仲々立派な職人で、仲々感じがよくて、非常に熱心だそうです。そういうところを向こうが見込んでから、頭金は要らんから入ってくれということになった。
それはまあ願ったり叶ったりと言うので、昨日、そのことの御礼に出て参りました。丁度四、五日前でしたが、その職人さんの弟というのが、今東京に行って、ちょっと都合でこちらに帰って来ておりました。それで体がちょっと悪いから、お母さん、この頃は合楽の金光様にこうして参らせて頂いておるが、もう本当にお話を頂けば頂く程、有難いし、そしてね、こう順調にようおかげを頂きよる。
「まあ不思議な働きを頂けるから、あんたもどうでも一つ東京に帰る前にお参りしなさい」と言うて参って来たのが、四、五日前、弟息子の方が参ってきた。
それで昨日お礼に参りましてから、そのまあ食べ物の商売ですから、「少し涼しくなって九月頃がよかろうと思いよるが、どういうことだろうか」と言うから。「もうそういう話がつき次第、準備がつき次第、七月からでも八月からでも始めたらよかろう。時期が悪いから商売がどうの。例えば田舎で言うたら農繁期だから、農閑期だからということで、商売が違ったりする筈はないのだけれども。
そういう思い方が、自分でおかげを決めてしまってることになる。
だから、成程農繁期の時には、田舎の商売人は休業状態に。それはまあだ、自分の信が足りない。神様を信ずる心が足りないからこれだ」と。
例えて、まあ合楽に毎日五百名なら、五百名のお参りがあれば、降っても照っても、農閑期であろうが、農繁期であろうが、やはり帳簿の上にはほとんど変わりない。言うならば、お初穂の額もほとんど変わりない。勿論変わりないというが、ずーっと進んでは行く。
例えば半年前は千円じゃったのが千百円になると。その時、それはそれはおかげを頂いて行くんだから当たり前のこと。けれども、こちらが頂いた力というものには農繁期、農閑期の関係はないのだから。只少ないなら、まだ自分の信が足りないのだと思うて行けばおかげになるから。都合のつき次第開店したがよいと言うて、お取次さしてもらいよる時、ちょうど二度目の高橋さんがお参りになっとりました。
「ここにはね、とにかくお寿司屋さんが幾らも信者さんの中にあってね、皆繁昌のおかげを頂いとるから、お宅もおかげ頂くよ」と言うて、高橋さんのお話をしよったら、丁度高橋さんが見えた。
「あら、そんなら福岡の三福さんですか」と。「あちらは九州の寿司組合の会長さんとしておられるから、大変偉いお父さんで、その息子さんが寿司屋さんをなさっておられる。ならその方ですか」と。あちらは一家中お参りになるという話をしとりましたからね。
実は、あちらにも私の方の息子は暫くお世話になっとりました。丁度高橋さんもお参り見えとりますから、ああ、あの職人さんのお母さんですかということでございました。仲々、高橋さんの話を聞いて見ましたら、やっぱり立派な職人で感じのよい職人だそうです。
そんな訳で、その高橋さんがお店を経営して行かれる経営具合というものが、もうとにかく神様一本。常に神様を先頭に立ててのお商売であることやらを、いろいろお話させて頂いて。昨日、「そんなら先生、屋号を頂いて帰りたい」と早速。それで、昨日は屋号を頂いて、原鶴で「すし成」という寿司屋さんをあちらで開かれることになりました。という例はおかげ話ですけど、そのおかげ話を皆さんに聞いて頂いて、私は今日の御理解を思うて頂きたいと思うのです。
『信心は容易いものじゃが、氏子からむつかしゅうする』と。むつかしゅうすることはいらん。只、一歩一歩、最後にありますように、『その日その日が立ち行けば』というところ。『日は年月のはじめじゃによって、その日その日のおかげを受けて行けば立ち行こうが』と。例えばお願いをする。御神意を頂いて、お許しを頂いた。
それから一つ一つ、それが半年位になりましょうか、お許しを頂かれて。そして、一つ一つおかげを受けて行けばよかろうがと言うことなんです。
そこで、なら、信心を続けてさえおればというのではなくて、今のお話の中にですね、もうお参りをする度に、有難さがわかって来ますよね。それこそ、お初補の内容も変えて行かねばおられん程しに感じる。そして、神様を信ずる力が、なら、信心のない弟息子にまでも話さなければおられないものになって来ておる。お母さんの話を聞いて、東京に帰る前に、ちょっと一遍金光様にお参りさして頂いて、と言うてお参りをして来る。その、言わば、おかげを積み重ねて行くところから、神様を信ずる力というものがです、これは実を言うたら、ほんのささやかなことですけれども、少しづつ信心が有難いことを、神様を信ずる力というものが出来て行きよるということを、今のおかげ話の中に感ずるでしょう。
『十年と信心が続いたら』と仰る。そういう信心が十年と続いたらなんですよ。一年前も、今日も、神様を有難いと思う心も、信ずる心力も、同じであるとするならば、それは十年経ったって、我心をまつれという程しにはならないと思う。
そして、信心は難しいもののように思う。信心を進めて行かないから、信心は難しいのである。信心を進めてさえ行けば、信心はみやすいものである。おかげは、進めただけのおかげはついて来るのである、お許しを頂いてことをなすならば。
そのことから、家もないけれども、お金もないけれども、まだお得意さんもないけれどもと心配することは要らん、信心を進めてゆけば。今のお話じゃないけれども、「すし成」という店をあちらへ開かれたらです、お得意さんもちゃんと準備して下さるはずなんだから、それを受け止めて行くことは、信心を進めて行かなければならない。信ずる力も、有り難いも、段々増えて行かねばならない。
信ずる力も高められて行かねばならないということが分かるでしょう。
まあ、言うならここへ御縁を頂かれて 半年余りのことなんです。
しかもお参りは、確かに四回か五回位でしょう。成程こういう生き方でやらせて頂ければ、十年の信心が続いたら。それでも、まだまだ三年五年の信心でも迷い易いとこう言われる。
善導寺の原さんところの、この頃宅祭が、皆さんご承知の通り、有難いお祭が出来ました。その本当に前後まで、あちらのお父さん大変体の具合が悪かった。もうしまえるごと悪かった。ところが、さあいよいよ明後日、明日はまあ、もう明後日はお祭りだ。明日はお祭りだという風に従って、お父さんは元気になって来た。そしてお医者さんの言われることは反対に反対に、良うなると言えば悪うなる。悪うなると言えば良うなるということで、神様のおかげじゃと言うものを感じなければおられない程しのおかげが、あの宅祭の時には、もう良うなってしもうとんなさるごと感じた。挨拶に出て、あの後の、御直会の時などは、勤めてあるとじゃろうかと言うくらい、自分もお相伴にまわってから、機嫌ようしとられた。そしてまた、お祭りが済んだらまたとたんに悪うなんなさった。二、三日前から病院に今入院しておられます。
昨日、上野先生がお見舞いに行ってから、大変悪い模様だからこれはもういっちょ、その自分の弟嫁が、あそこの桂子さんのことです。昨日電話かけてから、「今あんただん、一生懸命ならんなら、いつ一生懸命になるの」と。「お父さんがこんな状態にある時に、あんた、それこそ日参り夜参りしてからおかげ頂かじゃこて」と言うてから、言われたところから、いっちょ明日からお参りしようと言うてから、言うたというお届けをしとりましたがです。
例えば、そこに神様のね、よくなるよくならんは別として、お宅祭を中心にして、神様の働きを、両親の体の上に現れておる。あれを見ただけでも神様を信じする力というもの、神様の御都合なんだなあというものが分からなければ、よし、その翌日から悪くなってもです、神様の御都合ということを分からなければいけない。
例えば、三年、五年の信心では迷い易い。そういうようなところを通る時です、ああ、おかげと思うとったばってん、おかげじゃなかったと、迷うようなことがあるけれども、原さん達の場合なんかは、もう二十年の信心ですから、迷うだんじゃない。こげん間違いのない働きの受けておる原の一家のことであるから、まあ、これは神様の御都合に違いと、一段とそこから信心を進めて、その御都合の何たるかを分からせて頂くという姿勢をとって。「さあ、あんたどんも頑張ってくれんの」と言うて、嫁達やら子供達にでも、頑張ってもらうという働きが出来なければいけないと私は思うんです。
あん時には、丁度、運のようして、あん時には、お父さんなようなったごとしちゃったばってん、あれはまあ、運のよかったっじゃろうという考え方でなくてです。だからおかげと実感したら、そのおかげが育って行くような信心をせにゃんです。
成程、「おかげおかげ」と言わにゃおられん、おかげと感じたらです、その感じておるおかげが、段々、あの時は運の良かったじゃろう位に薄うなって行くことは、信心が進んで行きよらん証拠です。
それは人間というものは、「喉元通れば暑さ忘れる」ですから、おかげと思うとっても、段々薄うなって行くというのが人情です。けど信心は、おかげと思うことが、後から考えれば考える程、もっと深い、広い意味に於いておかげを受けておったことが気付いて行く、わかって行くというのが信心です。
そういう信心をせんとです、信心がみやすいものとなってこないのです。いわゆる、昨日を忘れ、今日を喜ばしてもらう。そして明日を楽しませて頂くというような信心さしてもらわねば頂けないという。そういう信心が、味わいというものがない。ただ苦し紛れのお願いであるといったような。信心を進めずに、ただおかげの方だけを願うというたって、それでは。信心が進んで行けば、おかげはそれこそ、飛び石づたえと、とんで行くように、おかげの方へおかげの方へ進むことが確信出来るから、明日が楽しまれるのである。
信心が容易いと言う意味も、少しはわかって頂いたと思う。そういう信心を身につけて行くということ。それでもやはり、「三年、五年の信心ではまだ迷いやすい」というのはです、本当におかげと、その時には思うとるけれどもです、その次、例えば原さんのお父さんが、そのままずーっとおかげ頂かしてやら、おかげおかげと思わにゃおられんのですけれども、また、お祭が済んだら、段々悪うなって行っとんなさる。そこで迷いがおこるというのは、そういう時である。けど、ああいう間違いのないおかげを下さる神様であるからと頂かせてもろうて行くところから、疑いの信心から確信の信心に段々おかげを頂いて行く。そういう信心が十年続いたら、われながら喜んでわが心を拝まれるようなおかげになって来る。
それと言うても、一ぺんにおかげを頂いてしまうということではない。「日は年月のはじめじゃによって、その日その日が」と言う。
その日その日が立ち行くおかげの中に、昨日を忘れ、今日を喜ばしてもらえれる信心。その日その日が立って行っている。この調子で行けば、必ずおかげの方になって行くという、言わば楽しみを持って行けばです、有難いのであり、いわゆる「みやすう信心はするがよいぞ」と言う、みやすい信心の一つの軌道に乗るわけです。
そういう軌道に乗った信心。それは私共がおかげを受けて、そのおかげをおかげと、いよいよ実感させてもらえる信心の進展、信心が育って行かれるおかげを願わなければならんということがわかります。自分の信心のお育てを願わずに、ただ、向こうにある、感じておるおかげばかりを願うたって、それではおかげにならん。これは皆さんの信心から言うたら、それは本当に足下にも及ばない信心でしょう。昨日私がお取次させて頂いたその方のことは。
けれどもね、信心のみやすう楽しゅう出来て行く様子を聞いて頂いたわけです。お許しを頂いた。話がまとまった。家も出来た。資金繰りも出来た。いやもう資金は要らんなりにおかげ頂けるような状態におかげを頂いた。もうそんなら、都合のつき次第始めてもよかろうと言うわけで、神様を信ずるというような心の状態が、段々進んで行っていることは、弟息子に話しておることからいうても、それを感じられるでしょう。
それで、さあ店は開いたがお客さんはないという不安がです、信心を進めて行けば、お得意様は、お客様は神様が下さるんだということ。そしていよいよ開店でもさして頂いてよいというところに、高橋さんところの、同じ寿司屋さんの繁昌しとられる話を聞いたところが、そこにもやっぱり縁があった。その高橋さんが、後に丁度参って来とられたというところから、いよいよ神様は間違いなかばいという思いで、なら屋号まで頂いて帰ろうということになった。
これからは、今度は店を始めた、繁昌して行くというおかげを頂いて行くということになるわけです。けれどもならこれとてもです、あげん親先生が言うてあったけん繁昌するということではない。信心を進めて行けば、次第に繁昌するということである。
お互いの信心のことを思うて見て、信心の方が、ととまづいておって、おかげの方だけを先願いしておるようなことはないだろうか。
それではやはりもどかしい。けれども、その日その日が立ち行くおかげの中に、おかげの実感というものが、いよいよ強うなるようなおかげを頂いて行ってこそです、はじめて、信心はみやすいものと言うことになり、成程、そういう信心が十年も続いたら、われながらわが心が祈れる程しの心の状態も、またおかげの様子も変わって来ると思うのでございます。
どうぞ。